高校時代の恩師に


高校時代の監督がまた母校に戻ってきた、との情報が入ってきて
1999年卒業のバスケ部7名で監督に会いに行ってきました。
[長文になってしまいました…]
遠方にいる子もこの日の為に始発で名古屋まで帰ってきてくれて
7人全員が集まれたのは卒業後初めてだったかも…

監督は私たちが卒業後4,5年後くらいに(記憶があやふやだけど)愛知学泉大学の女子バスケ部の監督になり、その後は兵庫や京都や山梨などで活躍していたそう。

当時は名北支部では無敵で、たしか8年連続優勝していて表彰もされた記憶
私は小・中とバスケ部だったけど超弱小チームで1回戦敗退はザラ。
高校も一般で入って、なんかここの高校のバスケ部は強いらしい…って情報しかなかったけど、バスケが大好きだったから迷わず入部した。
入ってみたら全く知らないバスケをやっていた。
いい選手たちを各地から集めている私立の強豪校に勝つ為に、全てシステムが決められていた
フリーで攻める事しかやってこなかった私は、本当に本当に苦労した…
毎日部活ノートを書いて必死に覚えるんだけど、いざコートに立つと真っ白!笑
何度「おいー!みさぁ〜〜〜!!!(怒)」と叫ばれたことか。

ほぼ毎日練習があって、休みの日は「終日」ってなっていて朝から夜までバスケ漬けだった
奈良県に遠征行った時は夜中0時過ぎまでやってアホなんじゃないかと思った。
でもそこで初めて今までできなかったステップができたのは、極限に達していて身体が勝手に反応したのだと思う
何度逃げ出したい、やめたい!って思ったことか(笑)
それでも練習してきたことが「勝ち進む」という結果に繋がり喜びがあったし
厳しくて辛い練習が報われる時だった
そんなきつい日々だったけど、この仲間がいたから頑張れたんだよね(*^^*)
何年も会ってなくても、会えばすぐに当時のように何でも話せるかけがえのない戦友たち!
結果私たちの代は県大会3位でインターハイにはいけなかったのだけれど、よく頑張ったよ私たち!ね!

みんなと解散した後、キャプテンに届いた監督からのメッセージで泣いていたのは私だけじゃないはず( ; ; )

このご時世
終日練習なんてできなくて、ショートカットじゃなくてもいい!
試合中に「おい!」とか「おまえー!」とか言うとレフリーに注意されるらしい。
一番びっくりしたのはルーズボールに「取れ〜っ!!!!!」って叫んだことも注意されたらしい監督(笑)
なんだかなぁ、、って思ってしまった
時代はかわったとはいえ、、とはいえ、、、、もごもごもご…

監督は杖を付かないと歩けないと聞いていたから、心配していたけど話してみたら元気で、この監督の声をきいた瞬間に懐かしく背筋が伸びる感覚があった
当時のこともよく覚えていてくれてすごく嬉しかった!
「はい!」か「いいえ!」以外で会話したの初めてかも…レベル。
やっぱり当時は怖かったなぁ(笑)

かけがえのない時間
いかん、、この文章を打ちながらも泣けてきてしまう
私たち歳をとりましたが
監督もまだまだお元気で!!!
ありがとうございました

blog

前の記事

せいろ蒸し生活
blog

次の記事

冷えは老ける!